気づき日記

気の付いたことを書いています

SuicaのポイントをJRE POINTに移行するまでの顛末

私はモバイルsuicaを好んで使っている。定期券も入って定期券外区間も自動で計算してくれるし、足りなければオートチャージもしてくれる。私鉄との連絡定期券も購入できる。2区間定期などという裏技?も可能だ。コンビニでは買い物に使用できる。つまり、このモバイルsuicaで1日外出することが出来るのだ。素晴らしい。viewカードは年会費無料のビックカメラviewカードである。チャージすると1000円につき15ポイント(ビューサンクスは5ポイント)付くので、実質1.5%。他には無い高還元カードでもある。

高還元なのだが、還元つまりポイントの使用は自己申告である。このところ記憶から遠ざかっていた。その割にはsuicaが使えるところでは使って、ああこれは1.5%還元なんだ。儲かった。などと考えていたのだからおかしい。

Suicaポイントを思い出したきっかけは、書類の整理をして居た時viewカードの届いた封筒にJRE POINTの案内が入っていることに気が付いたためである。そうだ、そろそろポイントがたまっているだろう、というか忘れていた。view's NETにログインしてポイントの確認でもしてみようとログインしたところ数千ポイントもたまっていた。おそらくビックカメラviewカードの入会時の還元ポイントか何かだろう。さて、交換はどうすればよかったのかな。

確かモバイルsuicaにポイントチャージ出来た気がする。昔viewカードしか持っていなかったときは、駅のアルッテ(ATM)にカードを突っ込んで交換する必要があり、かなり面倒だった。

view's NETにログインするには、JR-EASTのID連携でログインしている。これもわかりづらいが、各サービスごとにIDとパスワードを登録するのだ。えきネットはえきネット、view's NETはview's NETそれぞれにIDとパスワードを登録する。JRE POINTのサービスが出来たのだが、同様にJRE POINTサービスに新しくIDとパスワードを登録して、それからJR-EASTのID連携でログインすることが出来るようになる。実際ID連携であれば1つのIDとパスワードで良いので、他のサービス登録に使用したIDとパスワードは捨てる(忘れる)ことができる。だったら最初からJR各社のIDとパスワードですべてのサービスを利用できるようにしてほしい。ほんと、皆さん混乱してると思う。ホームページにはこのように書いてあった。「JRE POINT移行のお問い合わせをたくさんいただいておりますので、移行期限の11/30より前、11月半ばまでに移行をお済ませください」。よくわからない要望なのだが、現場からの悲鳴と受け取っておこう。ちなみにモバイルsuicaJRE POINTの対象にするためにはモバイルsuicaのIDとパスワードも必要になる。おーーい。何とかしてくれ。このシステム。        (1215)

 

老眼鏡を作る時期

老眼鏡を作った。理由はもちろん手元が見えづらくなったからであるが、大きな理由としてはパソコンのディスプレイを凝視するようになったからである。今まで人間ドックで眼圧が高いといわれることがあった。検査で引っかかると引っかからないように何度も取り直しさせられた。なぜ取り直ししてまで引っかからないようにする必要があるのかわからなかったが、基準がきつかったのかもしれない。何年かすると眼圧で何度も検査することはなくなったが、私の目の眼圧が良くなったからではなく、おそらく基準値が緩めになったのだろう。

眼圧が高いことの悪影響がどのようなものであるのかよくわかっていないが、心当たりはあった。パソコンのディスプレイ凝視である。目の移動がほとんどなく、ピントを合わせようとして凝視するのである。

今年の夏、朝起きると左目に目ヤニがびっしりと出ていたことがあった。一度ではなく二度ほどあったので眼科に行くとウイルス検査をされた。結果流行り目ではなく、原因はドライアイであろうとの事。表面に傷がついているとの事であった。凝視するから涙が出づらくなったりするのであろうか。ドライアイ用の目薬が出たが、目が潤った感触はなかった。

もともと左目は乱視があったため、乱視のせいでピントが合いづらく、目が疲れると聞いていた。実際眼科で乱視矯正レンズをすると、はっきりと見て取れた。かつてから乱視矯正眼鏡を作りたかったのだが、それだけで眼鏡を作ることもためらったため、現在に至った。この機会に老眼と一緒に乱視矯正もしてみようと思い立った。

知らなかったのだが、てっきり矯正用眼鏡の処方箋は眼科でしか出ないものと思い込んでいた。これは小学生とか、自分の意思が正確に伝えられない年代には必須だそうだ。つまり大人は普通に眼鏡屋で作ればよかった。後から知ったが、結構丁寧に測ってくれたので、眼科の処方箋も悪いものではないと思った。

実際にかけてみると、良く見えた。凝視することもなくなった。ただし、目がピント合わせをする努力を怠るようで、眼鏡をかけないと今まで見えていたものも見えなくなった。眼圧の話に戻ると、凝視することが良くないならば、眼圧は下がるのではないか。これは来年の人間ドックではっきりとするだろうから、その時までのお楽しみとしよう。                 (950)

半島では時間が遅れる理由

半島と書くと誤解する方がおられるかもしれないが、ここでは純粋に地形的な話である。また、時間が遅れると書いているが、決してそのことが何かを馬鹿にしているとか、蔑んでいるとか、そういう類ではないことを断っておく。むしろ羨ましいのだ。

例えば房総半島である。旅行で立ち寄った際に、道で竹籠を背負ったおばあさんに出会った。足袋を履いたその姿格好から言えば、数十年前に見たかもしれないような出会いであった。しかも竹籠である。何もかも忘れ去られてきた現代にあって、とても新鮮な出会いであった。ここでは昔のものが多数残されているのではないかと思ったのだ。首都圏から近いこの距離にあって、このギャップに驚いたのだった。

地形的に閉じた状況になっていると、文化が流入する際に滞留するのではないか。港に見られるように180度地形が解放されていると、四方八方に広がり、それが伝わった内陸にあっても、それがそこを経由してまた四方八方に広がる。それが半島を形成する地形にあっては隅々まで行き渡るのに、時間がかかるのではないか。そのように感じた。その理由はよくわからない。

同じ半島でも紀伊半島は違う。ある程度規模が関わると思われる。紀伊半島を海岸沿いに旅すると、さほど時間の遅れを感じることはない。円の半径が大きくなると、海岸線も180度解放された状況に近くなるからであろうか。ただし、紀伊半島の内陸部については、それは深い山であることからかもしれないが、未開の地が多数ある。そこはそもそも人が住んでいないのだから、本筋からはそれる。とこどころ十津川などの集落が点在するが、そこも時間の遅れを感じることはなかった。

伊豆半島はどうであろう。房総半島よりは小さいのだが、同様に時間は現代であった。観光地であるか否かもある程度は関係するのだろう。すると、房総半島は観光地ではないのか? そんなことはなく、内房、外房ともに随所に観光名所がある。

ここまで書いて、最初のおばあさんが特異点であったのではないかと、本末転倒な結論になりつつあるため、この件は保留として日本各地の半島巡りでもしてみようかと考えているところである。(890文字)

ボタン電池の終止電圧について

ボタン電池の終止電圧について調べた。理由は、万歩計の電池が少なくなった表示が出たためである。本当に無くなったのだろうか調べてから捨てようと思った。測定すると、無負荷で2.84Vであった。

乾電池では電圧が少なくなる率がなだらかである。maxellのHPにリチウムボタン電池のデータシートがあったが、まるでニッカド電池のようにストンと低下していた。リチウム電池の特性であるのだろう。同じリチウム電池でもリチウム二次電池(充電可能)については、ほぼ容量に比例した直線となっているので、名称が同じだからと言って同じ特性とは限らないことが分かった。そもそも一次電池二次電池では構造が全く異なるのだから。ボタン電池は軽負荷ではずっと3.0Vを維持し、寿命の最後でストンと落ちることが分かった。メーカ既定の終止電圧は2.0Vであるが、3.0Vから2.0Vまでは、寿命の10%にも満たないので、2.84Vで少ない表示が出ること自体は、妥当な設計と言える。しいて言えば、軽負荷時に測定することだろうか。

まとめると、ボタンリチウム電池の解放電圧2.84Vは電池の少ない状況として検出する閾値として妥当で、電池の放電特性には非直線型と直線型が混在し、一次二次の方式に関わらない。ということかな。(544文字)

巻き爪を防ぐ方法

ずっと書きたかったことだ。私の父から伝授された唯一?のノウハウである。巻き爪がなんであるかご存知のこととして、これは放っておくと外科手術になるとの事。防ぐ方法があるとのことで聞いてほしい。それは単に一文字に爪を切るとの事である。

まず手指の爪の巻き爪は無いとして、足指の話としよう。それも親指である。一時期だんだん巻いてきたので、たまたま居た父親に聞いたところ、「ああ、それは一文字に切ればいいそうだよ」とこともなげに答えたものだから、大方いつも聞いているNHKのラジオか何かで手に入れた情報なんだなと合点して、実行することにした。

爪は深爪になるほどきれいに切るのが好きな性分で、足の指の爪も根元まできれいに切っていた。年が30半ばに差し掛かると、爪が巻いてきた。今まで問題なかったのだから、年齢にも関係あるのだろう。もともと人間の平均寿命は30代半ばであったそうだから、寿命の内に爪が巻いて困ることもなかったのではないか。

多少伸びても切りすぎず、爪切りが湾曲しているのをうまく斜めにして脇を切りすぎないようにして切ると、爪の真ん中が深爪にはなるけれども、両脇は残るように切れた。これを続けたところ、巻き続けていた爪は、まだ若干巻きが残っているように見えるが、一時期爪が食い込み始めた痛みや違和感はすっかり消え、気にならなくなった。なるほど、効果があるようだ。

ご丁寧に爪切りは湾曲して作られているが、一文字に作ってもらった方が巻き爪にはいいようだ。そのような爪切りには今までお目にかかったことがない。(649文字)

気づき日記について

先に図書館の例をいきなり書いてしまったが、気づき日記の趣旨について説明しておこう。これは私が今まで生活してきて気づいた知恵、事象、ノウハウを書き留めるものである。人間すぐに忘れてしまうものであること、継承したいと考えたことが挙げられる。備忘録は有りとして、継承とは何だろう。いわゆる虎の巻と考えてもらえれば良い。何にしても先人の例については後世に役に立つだろう。有名な画家であれば絵が残り、作家であっても同様に残る。しかしながら個人のノウハウのようなものは後世に残らない。口伝がせいぜいである。日記を手に取って書いたとしよう。子孫が大事にとっておけばよいがそれは期待薄である。とっておいても読まなければ意味がない。ブログの場合は故人となった段階で消されてしまう危険がある。この点は何とか解決するとして、まず解約するまで残る。これは確実である。あとはここに情報があるよと伝えておけばよい。

このようなことを趣旨としてこの気づき日記については書いてゆこうと思う。書いてゆくのはいろいろなことだ。日常のことから処世術、旅行、趣味、何らかの役に立つと思った情報、発掘した手法について書いてゆく。これは本来虎の巻としたいのだが、まあこの文書の読者になる人もそう多くはないだろうし、拡散もしないだろう。ブログというのは多くの人に見てもらうためのものだろうが、この内容で書き進めても、せいぜい家族が見るだけであろうとの推測からそれを逆手に取ってここに書くものである。(625文字)

図書貸出履歴は保存されていない件について

先日図書館で、「以前の貸し出し記録を見たいんだけど」と話したら、えっと引いた感じで、記録は取っていませんと怪訝な顔をされてしまった。よく考えてみると、昔々、どのような図書の傾向があるかによって思想が判断され、場合によっては監視されるなんて時代があったのだろうか。

現代はすべて見られていて、それこそこのブログを読んだということはどこぞの検索エンジンに察知され、それに応じた広告が表示されるなんてことは日常茶飯事だ。その気になれば当局が検索エンジンの会社に問い合わせれば思想なんてものはしっかり把握されてしまうだろう。

雑誌を定期的に借りていると、何年何月号まで借りているので、次は何月号から借りればよいかといった判断を迫られることがあって、結局スマホのメモ帳に書くことになった。貸し出し記録をつけることはシステム的に簡単だろうに、それをあえてしないということはその昔の習慣を引きずっているのだろう。

新しい人間がシステムを担当するようになって、古い上長と言い合いになり、なぜ記録付けないんですかとか、そりゃお前当たり前だよとか、そんなやり取りが目に見えてしまう。